命に直結する水を、日本の技術で届ける ーウガンダー【前編】

ウガンダはもともと雨が豊かな国で、これまでは井戸を掘れば、当たり前のように水を手に入れることができてきました。

ところが今、その地下水に異変が起きています。 ある地域では、井戸水に病原菌が混じるようになり、また別の地域では、水がしょっぱく(塩化)なって飲み水には適さなくなってしまった……。これまで当たり前に使えていたはずの水が、いま、猛烈な勢いで失われつつあるのです。

その影響は深刻で、飲み水が原因と思われる下痢などの病気が、多くの地域で急増しています。

「かつては大丈夫だったから」では済まされない、切実な水の危機。 その現実を自分たちの目で確かめ、日本の浄水技術で解決の糸口をつくりたい。そんな想いを胸に、私たちはウガンダへと向かっています。

目次

やっと、ウガンダに到着

日本はまだ肌寒い季節。
そんな中での出発でした。

長時間のフライトを終え、

エンテベ国際空港に到着。
空港を出た瞬間、空気が一気に変わります。

「やっと、ついたわ……」

移動の疲れはありましたが、ここから始まる現地調査に、自然と気持ちが切り替わりました。

疲れたら……肉!

長距離移動で、正直クタクタ。
時差もあり、体も頭もまだ日本に置いてきたような感覚です。

そんな中、現地パートナーが案内してくれたのが、ウガンダのBBQ屋さん。

炭火、煙、そして想像以上の肉の量。

疲れたら……肉。
これはもう、世界共通です。

まずはしっかり食べて、エネルギーを補給。
翌日から、本格的な現地調査が始まりました。

Lake Albert の湖畔にある村、Kibiro(キビロ)

Kibiro は、Lake Albert の湖畔にある村。
自然に囲まれた穏やかな集落は、温泉の熱を利用して塩の生産をしている村落。

地下水が・・

Kibiroは、首都カンパラから北西に車で5時間ほど走った場所にあります。 この村では地下水が塩分を含んでいて、生活には使えても、どうしても飲み水にはできません。「井戸があるのに飲めない」という現実は、私たちが想像する以上に過酷なものです。

しかし調査を進めるうちに、これはKibiroだけの特別な問題ではないことが分かってきました。 広大なアルバート湖のほとりにある村々では、どこも同じように地下水の塩化に悩まされていたのです。 安全な飲み水を地下から得ることができない。そのため、この地域一帯の人たちは「湖の水をそのまま使うしかない」という、逃げ場のない共通の課題に直面していました。

危険レベル3

事前に在ウガンダ日本大使館へプロジェクト内容を共有した際、現地の治安についてのアドバイスをいただきました。 そこで突きつけられたのは、Kibiro周辺が日本の海外安全情報で「レベル3(渡航中止勧告)」に該当するという事実でした。

正直に言えば、「ウガンダは比較的安全だ」という思い込みがどこかにあったのかもしれません。ですが、現地の情勢を誰よりも熟知されている方々からの言葉を前に、今回は決して無理をすべきではないと判断しました。

プロジェクトを前進させるのと同じくらい、「今は進まない」という決断を下すことも、ときには重要です。残念ではありますが、今回はKibiroを導入候補地から外すことに決めました。

Kasambya Village

Kibiroを候補から外したあと、私たちは「本当に必要としている場所」を求めて、多くの村を回りました。どこへ行っても「ぜひ導入してほしい」という声は上がりましたが、私たちの軸は一つ。「一番困っているところに届ける」ということです。

そうして辿り着いたのが、Kasambya村でした。 カンパラから車で4時間。さらに中心部から未舗装のガタガタ道を1時間ほど走った先にあります。

この村には井戸があるにはあるのですが、水がしょっぱくて(塩化していて)、洗濯などの生活用水にしか使えません。そのため、村の人たちはチョーガ湖の水を飲み水として使っている状況でした。水は茶色く濁り、子どもたちの間で下痢が流行っていることも分かりました。

近くの村なら「雨水を貯める設備」があったり、別の村から水を買ってきたりもできます。でも、Kasambya村にはその選択肢がほとんどありません。 「ここ以上に厳しい場所はない」 約600人の命を支えるため、この村をプロジェクトの現場に決めました。

子どもたちの反応が、すべてを物語っていた

村に入ってまず心に残ったのは、子どもたちの表情でした。 実はこの地域、中国資本の土地買収の噂が影を落としていて、「アジア人=警戒すべき相手」という空気が強いと聞いていたんです。だから私たちも、最初は「ある程度、距離を置かれるのは仕方ないかな」と覚悟していました。

ところが、いざ着いてみると、子どもたちからはそんなトゲトゲした雰囲気は全く感じられません。 あとで分かったことですが、実は私たちが以前、お隣の村で行っていたプロジェクトの評判が、良い噂としてここまで届いていたみたいです。 カメラを向けると、少し照れくさそうに、でも最高にいい笑顔を返してくれました。


次回予告

後編では、実際の導入の様子をお伝えします。
日本の技術が、現地でどのように形になっていったのか。
ぜひ、続けて読んでいただければと思います。

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